pick up !
  • 本家 ver.3

  • お知らせはありません。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
入院中にすごく仲のよかった、なーちゃんから、初めて電話かかってきた。なーちゃんは携帯を持ってないから、わたしが退院した時、わたしの携帯の番号と家の電話番号を教えて、電話してね…、とは言ってたんだけど、なーちゃんにとっては、公衆電話に向かって電話する行為自体が、大変なことなのよね。だから、電話かけてきてくれて、本当に嬉しい。勇気もいっただろうに。なーちゃん、3回くらい涙声になってた。

実は、一昨日、なーちゃんの様子を聞きに、なーちゃんの自宅に電話したのよね。そしたらお父さんが出て、お父さんとは面識があるから少しお話しして、お父さんは、「どうして、うちの子だけよくならないんだろうね」とため息まじりに話してたの。その時、「今週中にお見舞いに行ってみますね」と話したの。

わたしが退院したのは、2月14日で、その10日後くらいにお見舞いに行った時、なーちゃん、たった10日ちょっとで痩せてしまっていて、今も食欲がなくてご飯食べれなくて、また痩せたって話してた。2月末の退院が延期になって、3月の初めに南棟から北棟に移って、かれこれ4ヶ月も入院してることになる。
なーちゃん、あと一歩なのよね。あと一歩踏み出せば、よくなると思うの。北棟に移ってから、外泊もしてないって言ってたし、外にも出てないみたいだから、明日、お見舞いに行ったら、大通りまでお散歩連れて行こう。

あの寒かった冬の日、なーちゃんとお手手繋いで、息を白くさせながら、病院のまわりをよく散歩したな。あの車のところまでスキップしよって言ってスキップしたり、ラベンダーの匂い嗅いだり、雪の降った日、病院裏の真っ白なとこに足あとつけたり。なーちゃん、体調悪くて出れなかった時もあったけど、繋いだなーちゃんの手はすごく温かかった。わたしにとっては、懐かしい日々だけど、なーちゃんにとっては、今も病院での生活が現実のものなのよね。いつもそばにいれたらな...。
でも、わたしもそうだったけど、結局は本人が乗り切らなければいけないことも事実なのよね。

「明日、お見舞いに行くからね」って話したけど、お見舞い行って、少しでもなーちゃんの気分転換になればいいな。なーちゃんは、「待ってるね」って言ってた。

本日のBGM≫なし。
せば。ヾ(*'-'*))
16:11.......
スポンサーサイト
2時起床...。真夜中で寝てる相方に悪いかなと思いつつ、ちょっと掃除して、掃除機かけて、今はまったり音楽聴きながら過ごしてます。本当は洗濯もしたいところだけど、洗濯機、うるさいからね、自粛。この真夜中(今はもう明け方だけど)の雰囲気が好き。何もかもシーンとしてね。

わたし、お菓子作りやお料理や、パン作りが大好きで、得意で(自分で言っちゃうのね。笑)、一時は朝から夜までオーブンフル回転させて、何種類ものお菓子やパンを焼いていたのだけど、だんだん作れなくなってきたの。お菓子作りやパン、焼きまくってたのが4、5年前。それがお菓子どころか、お料理まで作れなくなっちゃって。その頃から、状況、悪化してきたのね、多分ね...。

それが、今、むしょうにお菓子が作りたくなって、一昨日西友に行った時、大好きな、りんごのクリームケーキと、自分で試行錯誤して考えたレシピの、チョコチャンクスコーンの材料を買ってきたの。

今ね、りんごのクリームケーキの下準備をしたところ。バターを室温に戻して、りんごはグラニュー糖大さじ2をふりかけて、レンジでチン。小麦粉とBPを合わせてふるいにかけたところでSTOP。まだ寒いから、バター室温に戻るまで時間かかるでしょ。

お料理もね、質素でつつましやかながら作れるようになってきたの。体調もね、わりかしいいの。あまり人が多いところだと、疲れたり頭痛したりするし、家を出るまでに気合が必要だけど、その辺、散歩とかね。

それでね、わたし思ったの。

あの寒い冬、2ヶ月ちょっと入院してたのは、無駄じゃなかったんだなって。本当に辛くて長い入院生活だったけれど、それがあったから、自分を修正できてきたんじゃないかな、って思ったの。今、ひとりで居ることが多いから、たくさんの人に囲まれてた入院生活が懐かしく思えたりするけど、今は二度と戻りたくはない。でも、感謝はしてる。すごくね。たまに落ちたり、尖ったりするときもあって、全く安定してるワケではないけど、状況は前よりもずいぶんよくなってるわ。

さて、久しぶりに作るお菓子、綺麗に美味しく焼けるといいな

本日のBGM≫THE YELLOW MONKEY [マリーにくちづけ]
せば。ヾ(*'-'*))
5:09.......
退院してから、引きこもり気味なので今日は意を決して(笑)外に出てみました。行った先は黒目川っていうとこです。この川の両側には桜並木が延々と並んでいて、OLしてた頃は電車の中から綺麗だな、と思いながら毎年見てたけど、実際に行ったのは今日が初めて。
(画像クリックすると大きくなります)

IMG_6256.jpg  IMG_6261.jpg  IMG_6258.jpg
*川で野菜を洗ってる老夫婦   *何か所か橋があります  *お花見をしてる人も・・・

今日は、本当にお天気がよかったので、お散歩日和でした。Tシャツの上に春コート着てたけど、コート要らないくらいでした。黒目川には、家から歩いて15分くらい。桜並木までは、更に12、3分。全部で1時間半のお散歩。川沿いを歩くのはとても気持ちがよくて、川の下まで降りれる場所もいくつかあって、素敵なところだなって思いました。こういうところ、毎日歩ければいいのだけどね。調子の波があって、なかなか思うようにいかない、身体と心...。

IMG_6259.jpg  IMG_6262.jpg  IMG_6263.jpg
*川を挟んでの桜は圧巻   *菜の花畑もありました   *川遊びをしてる子供たち

桜は、満開で見頃だったけれど、桜吹雪も舞い始めていて、今夜から明日にかけての雨で散ってしまうかもしれません。今週末の土日に、市で桜祭りを開催するんですよね。週末のお天気はよいのだけれど、明日の雨で桜散ってしまうかも。まあ、人出がすごいかもなので、桜祭りには行かないけれど。

また、体調がよかったら、黒目川に行ってみようかしら。川でボーっとしててもいいしね。読書しててもいいし・・・。初めて行ったけど、本当によいところでした。

本日のBGM≫吉井和哉 [VS]
せば。ヾ(*'-'*))
13:13.......
3月1日と8日、2週に分けて、心理検査をしました。今日は、そのフィードバックの日でした。もれなくお姉さん付きです。

結果は...
①TEG-Ⅱ
周囲の人の反応を気にして自己主張することを控えてしまう傾向が見られます。客観的、倫理的に物事を考えようとしますが、考え過ぎてしまい、自分で物事を決断することは困難な状態であることが推測されます。現在のエネルギー水準は全体的に低い状態です。そのため、何かを決めなければいけない時は自分で判断することは負担が大きく、誰かに決断をゆだねたいという思いが強くなるかもしれません。人から指示されたことなどには真面目に取り組もうとします。一方、不満などがあっても表現することを控えて、ストレスをためやすい傾向が見られます。

②WAIS-Ⅲ
検査結果からは得意なことと苦手なこのと差が大きいことが推測されます。「作動記憶」の群指数は「言語理解」、「知覚統合」と比較して統計的に高い結果となりました。「作動記憶」の群指数が最も高いことから、指示されたことをその場で記憶して作業することや、注意力を適切に保ちながら作業を完成させることが得意なことが推測されます。
一方、物事を注意深く観察することや、論理的に考えたことを言葉で説明することは苦手なことが推測されます。そのため、日常生活では、指示されたことは適切にこなす一方、自分で状況を判断して行動しなければならない時に混乱してしまうことがあるかもしれません。また、体験したことや経験したことを基に物事を説明することは出来ます。自分の気持ちや考えを他者に伝える際に細かいニュアンスを十分に伝えられず、もどかしい思いをすることがあるかもしれません。
下位検査では「積木模様」の評価点が高いことから、空間認知はよく、見本の全体像を基に細部を観察することは得意なことが推測されます。一方、絵を見て欠損部分を指摘する「絵画完成」の評価点が低かったことから、身近なものなどを注意深く観察することは苦手なことが推測されます。

③バウムテスト
「実の生る木が良いなと思いリンゴの木を描いた」とおっしゃってました。さらさらと記入しており筆圧は一定でした。描画からは、理想が高く、物事に対して結果を急いでしまう傾向があることがうかがえます。時には実現させることが難しい理想を掲げてしまい、理想と現実のギャップを受け止めることに苦慮することがあるかもしれません。また、エネルギー水準がやや低下しており、過去になじみのあるものを思い浮かべることで、エネルギーを溜めていることが推測されます。

④S-HTP
教示を受け、思い浮かべた情景をまずは文章で作成していました。その後、思い浮かべてた情景を描いていただきました。家、人、木という要素をうまくまとめて情景を思い浮かべていました。奥行きが出てないことから、人との親密な関わりと求めていることが推測されます。人との関係を築くために、感情を適切に表現したり、自分の意思や考えをまとめて伝えようとするエネルギーの水準が下がっていることが推測されます。

⑤ロールシャッハテスト
反応数は11でした。検査結果からは自分の感じたことや考えたことを基に物事を判断しようとする傾向が強いことが推測されます。そのため時には自分の意見を受け止めてもらえないと感じることや、相手との考え方の違いがもとで打ち解けたと感じるまでに時間がかかることがあるかもしれません。
刺激が増えると、気持ちを整理しきれずに混乱することがあるかもしれません。また、対人面で相手の反応に過敏になっていることがうかがえます。そのため、些細な表情の変化や声のトーンの変化にも過敏に反応し、考えすぎてしまうことがあるかもしれません。

⑥SCT
文字の大きさは整っており、スムーズに記入をしていました。普段から内面について考える機会が多いことがうかがえます。記述から、喪失体験を整理することに苦慮しており、他者との親密で安定した温かい関係を求めていることが推測されます。頼りになる男性モデルを求めており、ご主人との関係についても、不安を感じている一方で、信頼したいという気持ちが強く表現されていました。対人希求性が高い一方で、指示的なことは、自分のためを思っていることであっても、受け入れることに苦慮し、情緒的に混乱する傾向があることが推測されます。

■まとめ
知的水準はおおむね平均の範囲内に含まれます。現実検討能力は低下していますが、保たれています。物事を判断する際に主観的に判断する傾向が強いことから、他者との感情や意志のやり取りに苦慮していることが推測されます。そのため、自己肯定感が下がり、自分に価値を見出すことに苦慮している様子が伺えます。他者に頼りたいけど、どう頼ればいいのか混乱している状態です。
自分の内面を整理し、気持ちが混乱したときに行動化することを防ぐためにもカウンセリングのように制限があるけれども安定した関わりがあることは有効であると考えます。

お姉さんはすごく当てはまってるって言ってました。
要は、取り扱い注意ってことですね。

本日のBGM≫なし。
せば。ヾ(*'-'*))
12:37.......
退院して、1ヶ月が経ちました。

入院してた時のこと、書こうかな。
入院は自分の意思ではなく、相方とお姉さんと、そして先生の指示で決まり、そこにわたしの意見は全く介入されなかった。入院した原因が原因なので、病棟は解放病棟ではなく、施錠された閉鎖病棟。入院が嫌で、仕方なかった。相方に、「わたし、もう大丈夫なんだけど、入院しなきゃだめ?」って何度も聞いたけど、縦に首を振るだけ。でも、実際のところ大丈夫じゃなかったのよね。自殺願望はしばらくの間、消えてなかったし、あの閉鎖病棟にいなければ、また同じことを繰り返したかもしれない。

__ 2

練馬にあるその病院は、2、3年前に建て替えられたので、すごく綺麗なところでした。4人部屋もあれは個室もある。それから、みんながTV観たり、食事を取る大きなホールとナースステーション。わたしは、個室希望だったけれど、入院した時、空いてなかったので、とりあえず4人部屋に入りました。でも、最初の3週間は、ベッドに引きこもってばかり。ホールにも出れなかったし、他の患者さんとお話しすることなんて出来なかった。ベッドのお布団の中に包まって、泣いたりしてたことも多々。食事もホールでは取らないで、お部屋でひとりで食べてました。ようやく雰囲気に慣れたのは、12月の末。初めて話したのはえみちゃん。この病棟にはいろいろな人が入院してて、えみちゃんは産後鬱。赤ちゃんの泣き声が我慢できなかったんだって。それから鬱の人、繰鬱の人、繰の人、統合失調症の人、原因が分からないけれど、やたら大騒ぎする人、それから自傷癖がある人。実に様々。

食事は8時、12時、17時半。起床は6時半、就寝は21時。お風呂は1週間の中で、月、水、金の3日間だけ。この病院のお風呂は湯船も広くて、温泉みたいですごく快適でした。

最初にびっくりしたのは、入院時の持ち込み検査。スーツケースの中、全部見られたわ。その中で先の尖った髪止めは持ち込み禁止だったし、ジャージに入ってる紐も取られた。他にも刃物、針の類、紐状のもの、ベルトやマフラー、ライター、洗剤や消臭剤などの化学物質、ガラスでできたものetc、etc...。わたしは、最初から携帯の持ち込みはOKだったけれど、病状によっては、携帯の持ち込みが出来ない人もいました。それから、空港の入出国でやられる、金属探知機で身体中、チェックされて、ようやく病棟に入ることができました。

入院してた時につけてた日記を読み返すと、1月上旬までは、自殺願望、消えたい願望が取れてなかったのが分かる。そして、何故入院してるんだろう。定期的に先生は来るけど毎日診てくれてるわけじゃないし、何もすることもないし、食っちゃ寝、食っちゃ寝と、決まった時間にお薬を飲んでいるだけ。入院してからちょっとして、入院診療計画書というのが渡されて、その中に推定される入院期間という欄があって、わたしの場合、原因があれだったので「その他」でした。
最初の1ヶ月くらいは、人の心なんて見えるワケないのに、先生も毎日来てくれるワケでもないのに、誰がどうやって、わたしの退院を決めるの?って反抗心が強かった。人の心の中なんて、誰にも分からないのに、嘘だってつけるのにって、状態も安定してなくて、落ちたり尖ったり。どうしてあの時、死ねなかったんだろうと思って、泣きながら、看護師さんに話しを聞いてもらったことも多々。本当に不安定でした。

でも、1ヶ月経ったあたりから、ここは治療する場所ではなくて、外の世界とシャットダウンして、静かな場所で気持ちを休める場所なんだ、わたしにとっては、そういう療養生活が必要だったんだって思えるようになりました。でも、他の患者さんからは、「あなたなんて、どこも悪そうに見えないのになんで入院してるのかしら」って、本当にいろんな人から言われました。その度に辛く悲しい気持ちになりました。

この閉鎖された病棟から出れるのは、任意入院の人、院内散歩、院外散歩(1km圏内)の許可がおりた人だけ。わたしは、医療保護入院なので、何をするにも保護者の同伴が必要。
一番、辛かったのは、タバコを吸えなかったこと。院内散歩ができるようになれば、喫煙所まで行けるので、相方に、わたし、何もしないし、逃げ出したりしないからって、院内散歩の許可してくれるように、必死で電話で訴えたりメールしたり。ただ、保護者同伴だと、外に出れるのね。だから、お姉さんのお見舞いが楽しみでした。いっきにタバコ3本吸って、吸いだめしたりとかね。
院内散歩できるようになったのは、入院して10日目。院外散歩できるようになったのは、入院して1ヶ月半弱後。外に出る時は、看護師さんかワーカーさんにお願いして、鍵を開けてもらって、病棟内に入る時は、ライターを返却して金属探知機で必ず、身体をチェックされます。病棟から出れるのは、8時半から16時半まで。

看護師さんもワーカーさんも、みんないい人ばかりでした。患者さんも、何人か、変な人はいたけれど、基本、優しい人ばかり。3週間ちょっと経った頃から、ホールでみんなと食事したり、お話ししたりすることも出来るようになり、そして、ここに(病院)居る限りは守られてるんだって気持ちになって、逆に退院するのが怖くなってきました。退院して、また同じこと繰り返さないかな…ってね。

作業療法(OTプログラム)もしました。書道をしたり、塗り絵やパズルをしたり、折り紙折ったり、ヨガをしたり、時には卓球をしたり、ポプリやカレンダーを作ったり。わたしが楽しみにしていたOTは、水曜日のOTの「お楽しみ」と、金曜日の「リラクゼーション」。お楽しみは、シアターだったり、カラオケだったり、You Tubeでリクエストして、大型のスクリーンで観たりと様々。リラクゼーションは、足湯、顔パック、それから手からひじにかけてのアロマオイルでのマッサージをしてくれました。

__ 1

1月の半ばには、個室が空いて、個室に移ることができました。この頃から回復傾向にあったのかもしれない。ひとりになりたい時、静かに休みたい時は部屋に戻って、音楽聴いたり、日記付けたり、横になって休んだり。誰かとお話ししたくなったら、ホールに出れば、誰かしらいる。個室に移ってからは、本当に快適な日々を過ごしていて、仲良しさんもたくさんできて、まるでシェアハウスみたいだなって感じたり。

入院してて、一番楽しかったのは、月曜が祝日でお風呂入れなかった時、お姉さんが外出届けを出してくれて、吉祥寺の家に行ってお風呂入って、その後カラオケしたことかな。外出は2回したけど、自分チに行った時は、その逆でプレッシャーがすごかった。そして、カイの痩せ方のあまりの酷さに絶句した。
そして、あんなに不安で怖かった退院を踏み切らせたのは、1月の下旬に2泊3日でお試し外泊をした時、「わたしが退院しなかったら、カイは死んでしまう」という危機感を感じたことでした。相方は、仕事がチョー忙しくて、そんな中でもふうちゃんにインスリン打ったり、猫のトイレ綺麗にしたり、ご飯あげたりしてよく頑張ったとは思うけど、やっぱり限界があると感じました。お試し外泊のあと、2月の上旬にはお姉さんと主治医の先生を交えて、退院に向けての三者面談して、わたしももう大丈夫だな、と感じて、14日に退院するって決めて先生に告げて、2月14日、雪の降る中、退院してきました。65日間の入院生活でした。

そして、今、猫つんたちに囲まれて、カイは、3kgまで落ちた体重が3.4kgまで増えたし、ふうちゃんにも朝晩2回、同じ時間帯にインスリンを打ててるし、わたしも、多少の意欲がわいてきて、足の踏み場もなかった和室、そしてあちらこちらに積み上げられた洋服の整理を1週間かけてやったし、リビングの気になったところは少し片付けたり、何よりも料理(ってよべるほど大したものは作ってないけど)も出来るまでに回復したの。料理なんて、多分3年はしてなかったんじゃないかな。一昨年、過食に走った時は、コンビニ弁当だったし、去年、拒食になった時はほとんど食べてなかったし。だから、包丁持つのも何年かぶり、ガスコンロも然り。あんなに料理が好きで、得意だったのに、料理も掃除も出来ない人になってたの。それが、入院~退院してから、変わったからね、60万円くらい入院費かかったけど、自殺願望や消えたい衝動もなくなったから、あの寒かった時期の入院は無駄ではなかったんだな、って思った。

そうそう...、病棟では、毎日16時半になると人員確認するのだけど、入院中仲良しだった、なおこちゃん、脱走しちゃって、病院生活も先生も看護師さんも旦那様にも等々、何もかも嫌になって、15時半頃、院外外出の届けを出したあと帰ってこなくなっちゃったの。本人は、お酒飲みたい気分だったけど、居酒屋に入るには所持金が少な過ぎて、ジョナサンでビールとワイン飲んで、病院からの電話には一切出なくて、病院側は警察に捜索願いだしたんだって。旦那様からも電話がかかって、「お前が病院に戻らなかったら、大変な違約金を払わなきゃいけないんだぞ」って言われて、警察からの電話にも「今から帰りますので、捜索願いは取り下げて下さい」っつ~て、23時近くに病院に戻ってきたんだって。これは、あとから、なおこちゃんに聞いたんだけどね。その代わり、なおこちゃん、院外散歩も院内散歩もできなくなっちゃって、1月の下旬に他の病院に転院してきました。門限破りの飲酒の~って、なおこちゃんすごいわ。でも、本当にいろんなことがあったわね。言うことを聞かなかったり、暴れたり、他の患者さんとトラブルになったりして、隔離室に入れられた人も見たしね。隔離室は独房みたいだって言ってました。

__ 3

入院中、付けてた日記は今でも毎日書いてます。もうすぐ3冊目に突入しそう。本当に仲のよかった友達(患者さん)とは電話番号交換したり、LINEのIDの交換したりして、今でも交流が続いています。

でも、入院して一番辛かったのは、練馬にあるその病院ではなくて、一酸化炭素中毒で運ばれた、さいたまの日赤。ベットに鍵のついたベルトで身体を固定されて、身動きが出来ず、尿の管をはじめ、鼻だの指だの、点滴だの、…あの3日間は本当に辛かったです。泣きながら看護師さんにベルト外して欲しいって訴えても、「だめなのよ」の一点張り。でもね、救急車に乗せられてた時は、意識が混濁してて、やたら寒いのだけ覚えてて、殆ど覚えてないのです。それから、薬飲み過ぎたせいもあって、日赤での3日間の記憶もあまりありません。どう夜を過ごしていたのか、日中、何をしていたのかすら覚えてないのです。建物の記憶なんてゼロです。退院した時の記憶すらあまりないのです。

バイトはそのまま辞めてしまったので、相方からもらう生活費を切り詰めて使って、本当に静かに、そして質素に生活していています。暇な時間を持て余す時もあるけれど、看護計画にあった、保護的な環境で十分な睡眠と休息をとり、生命を維持できるようになってます。ただ、不安や苦痛を行動ではなく、言葉で表現できるようになるには、まだ時間がかかりそう。

そして今、わたしは、おおむね元気に過ごしています。謙虚に、質素に慎ましやかに...。

それから、お姉さんには本当に感謝してます。忘れられない言葉が、「わたしが生きてる間は、あなたのことは絶対に死なせない」って言った言葉です。あの時の情景やその言葉を思い出すと、今でも、涙がこぼれそうになります。

本日のBGM≫Spitz [リコリス」
せば。ヾ(*'-'*))
12:42.......
入院中のことを綴りたいのだけど、書こうとするとなぜか頭の中の整理が出来ないの。その代わり、洋服と和室の整理してました(違)。21日から整理し始めて、今日やっと全部の片付けが終わりました。ちょうど1週間かかったのね。

わたし、洋服が大好きで、捨てられなかった。捨てるなんて考え、全くなかった。一昨年、過食症になって体重が一気に増えた時、着られなかった洋服たち。去年、バイトしてた時、拒食症になって、一時よりは体重は落ちたものの、やっぱり入らない洋服とか多々ある。それでも、デザインや形が気に入ってるものは、捨てずに取ってある。いつか、体重がベストに戻ったら、着れるように...。

それでも、200着以上の洋服の処分をしました。あと、一度も着てない洋服とか、お義母さんが着れそうな洋服は、短ボール、5箱に詰めて宅急便で、びゅ~ん。お義母さんから、届いたって連絡があったのだけど、あまりの多さに驚いていたわ。

退院してから、睡眠状態があまりよくなく、夜中、目が覚めることが多かった。眠れないので、洋服の整理の作業は、真夜中にやることが多かったわ。うちのマンションのゴミ置き場は、鍵を持っていれば、24時間捨てれるので、真夜中に何度もゴミ置き場往復したりね。

和室、足の踏み場もなかったのに、本当に綺麗になった。誰かが泊まりに来たら、お布団も敷ける。なにか、嬉しくて、用事もないのに、和室に入ったり、タンス覗き込んだり。

ふふふ。

なんだろ。この夜中のやる気のある気配と、日中のやる気のない気配。

明日で2月も終わりね。

3月だなんて春でしょ?わたし、本当に病院で冬を越したんだわ。
あの冷やかな冬。

でもね、いろんなこと考えると、何かかやるせない気持ちになる。多分これが来年、再来年まで続くんだろ。去年の今日は、去年の今日は、去年の今日は、みたいな。過ぎてしまった時間も失ってしまった何かも、・・・それから信頼とかね、取り戻すことはできないし、後ろばかり見ても仕方ないけど、だけど、時々、なんだったんだろう・・・って、不思議な気持ちになる。情熱であったり強さであったり、息切らすことなく屈託のない笑顔で手を取り合って、全速力で駆け抜けていった..... にも似てる。

なんだったんだろね。

刹那な.....
夢.....?
幻.....?

いろんなこと、消化してきたつもりだけれど、少し消化不良のところもあったり。原因が分かっていながらも、どうすることもできないから、なおもどかしい。

この先どうしようかな、とか考えてもどうにもならないし、どうなるか分からないし、とりあえず、毎日を刹那にと過ごすだけ。頑張れない日もあったり、頑張れる日もあったりだけど、今週は情緒不安定ながらも、かなり頑張れたと思います。上出来と思う。

本日のBGM≫Mr.Children [Drawing]
20:29.......
お姉さんが午後、迎えにくるまで、シャワー浴びてまったりしてます。

猫つんのいる生活。
なんて幸せなんだろう。

病院に戻るの、本当に嫌だわ。
出来ることなら、このまま退院したい。
わたしは、今のところ、もう大丈夫だから。

ごく普通の生活、猫つんとのしばしのお別れ・・・、なんだかもう泣けてきちゃう。

本日のBGM≫Spitz [14番目の月]
せば。ヾ(*'-'*))
9:08.......
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。